養護学校 歓祭
2004.8.13

この日は 養護学校の先生と生徒に 歓祭を教えるもの
11月の文化祭で披露の踊りを歓祭に決めその講習会だった。
学校に入ると 先生は皆 今村組のシャツを取り寄せて着用
そして この講習会のための手作りの看板が・・・

会場である体育館には 歓祭 練習用ビデオが流されている。
さぁ 練習開始・・・・

障害ある子らは 自由にならない体を いとわず
ストレ-トに その気持ちを 音楽に合わせ 思いっきりぶつけていく
その子らから発せられるパワ-を受け増幅される今村メンバ-の踊り
こんな思いで 踊りを見たのは いつ以来だろうか
龍が 最後の挨拶で言った
『踊りというのは うまく踊ることでなく 心を込めるかです。
手拍子を 打つだけでも 充分 踊るということです。』
今日は 今村組は ここに踊りを教えに来たのだが
彼らは ここの子らに 踊る心を再確認させてもらったのだと思う。

今まで 知的障害者と正面から向き合うことがなかった。
口では 正論を吐きながらも 目の前に彼らを見たら 目をそむけ 見なかったことにしていた。
それは まさしく 蔑視していたことに他ならない。
今村組の養護学校での踊り講習会に同行した。
そこで 見たもの
踊りたいという意思をストレ-トにあらわし
自由に出来ない手足をいとわず 懸命に踊る姿
その目の輝き
そして その子らを 見守る先生方の澄んだ目
その現場を見て 今の日本にSANCTUARY(聖域)があるとすれば こういうところじゃないかと思えた。
講習会が 終わりイ-サンが 一番うまいと名指しでほめた彼と 目があった。
自然と 彼の肩を抱き 『よかったな うまかったぞ』と声をかけた。
最初 知らないオッサンに声をかけられ 驚いた様子であったが
かすかに 私に 微笑かえしたように見えた。
その時 私の心の中に巣くっていたしこりが解けていったように感じた。
それにしても 時に高ぶる感情を抑えきれず特異な行動をする彼らを
曇った表情ひとつ見せずに 演舞指導した今村組演技部の面々の姿を見て
自らの考えの幼さを 思い知った。
NABEGONの日記 金魚のあぶく より
2004年11月14日
あれから 3ヵ月・・・・
上海遠征があった。
多くの新人が入った。
イ-サンから翔吾に代表が代わった。
・・・・・・
越えなければならなかった いくつかの山を越えた。
そして また ここに戻ってきた。
養護学校の生徒達は あの日から 踊りのことしか 頭になかった。
今村のメンバ-に教えてもらった踊る楽しさをかみしめ
今日 この日だけを目指し 懸命に練習した。
3ヵ月ぶりに再会し 控え室で 一緒に踊った今村のメンバ-は驚いた。
彼らの上達もであるが その気迫に・・・

体育館で プログラムがはじまった。
冬のソナタ ウォ-タ-ボ-イズを題材に 最後に歓祭が舞われた。
そこには 先生と生徒の垣根はなかった。
みんなが 心をひとつにして 踊っている。

30分ほどのプログラムに 今まで味わったことのない感動があった。
最後 アンコ-ルで 今村のメンバ-が出ていって 一緒に歓祭を踊った。
会場にいる人の心が ひとつになった。

すべてが 終わった後 控え室で 皆は考えていた。
この思いは 何だろう?
龍太は言った。
あんな 踊りが 今の自分達に 出来るのか?
私は言った。
あんな踊りを やっていた今村組を 俺は好きになったんだよ
今 彼らは 12月の年末ライブ 1月の札幌ライブそして 新しく稼動したプロジェクトイベントと 続くスケジュ-ルに追われ
自分達の現在地を見失こともあるようだ。
時に この場所に この気持ちに 立ち戻ることも必要・・・・
そのことを 言わずとも この日 彼らは 皆 感じ取れたように見えた。

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