メチャハッピ-祭 2003
雨の京橋駅前会場
大阪城ホ-ル演舞
今村組 再出発
この日の大阪城ホ-ルは 参加80チ-ムにとって 特別の場であった。
この場に出れるのは 上位8チ-ムのみ
全チ-ムが この場で踊れることを夢見 目標として練習を重ねてきた。
選ばれたチ-ムの演舞は 差は あるものの遠くスタンド席にいても距離感を感じさせない素晴らしいものだった。
今回 今村組は 審査対象からはずれたゲスト扱い
8チ-ムの演舞の後 審査待ちの時間に 演舞を披露した。
今村組の名前が 呼ばれると 会場一杯の拍手と声援が 沸き起こった。
そして 華炎の演舞が 始まった。
先に披露された8チ-ムの演舞が 演舞が進むにつれて 距離感がなくなっていったのに対し
今村の演舞は いつまでも スタンド席と アリ-ナとの距離を埋めることが出来なかった。
演舞後の拍手は 儀礼的なものであり 冷たい風が ホ-ルを 流れた気がした。
祭の終わった大阪城ホ-ルの前の暗がりで 今村のメンバ-は イ-サンの怒声を聞いていた。
内容は 聞くまでもなかった。
小野から 繰り返し 問われていること
自分は 今村組のために 何をしたのか?
幹部に 頼りきって 自分は 何もしていないんじゃないか?
今村組というブランドが ほしいだけで ここにいるんじゃないのか?
今回 今村のメンバ-は 今村組にいるというだけで 城ホ-ルで舞うことが出来た。
勝ち抜いてきたチ-ムと 気構えが 違うのは 当然だった。
2回に わたるテレビ放送・ゲスト扱いが続く 祭参加
そんな ひとつひとつのことが メンバ-に 慢心を生んでいた。
翌日 イ-サンから電話をもらった。
この状況じゃ そんな風になるのは 仕方ないんだけど・・・と 言いながら
俺が なんとかしないといかんのだと 繰り返した。
それは 子供たちに聞かせる いつもの彼の声ではなかった。
木曜が その後 初めての練習日だった。
心配で 行きたがったが 用事で行けなかった。
翌日の金曜も 練習日
イ-サンに 電話入れ 見に行っていい と 聞くと 合宿で いつもとは別の場所とのこと。
夕食を 済ませ その山間のキャンプ場に行ってみた。
そこには いつもの明るいメンバ-の顔と 穏やかなイ-サンの顔があった。
聞くと 前日の練習場で 一時間 イ-サンが皆に 話したとのこと。
思いのたけを 隠すことなく 正面から・・・
その話は その場に居合わせた親をも涙ぐませるものだったらしい。
数箇所に 炎がたかれ 親の会からの差し入れの豚汁をすすりながら
幹部メンバ-が 散らばり 若いメンバ-の話をきいている。
その風景を見るイ-サンの目は とてもやさしい目をしていた。
その後 全員が 輪になり 幹部が 指名する形で ひとりひとり 炎の前で語りだした。
正面を見据え ひとつひとつ言葉を確かめながら 話すあの子
涙いっぱいで 思うままに 話すあの子・・・
新生今村組の誕生を 予感させる風景がそこにあった。
一よさこいチ-ムとして 未踏の道を 歩む今村組
地図がないゆえ 時として 自分達の現在地を見失い
進むべき方向が 分からなくなることがある。
彼らは 今 年末 行われるライブに向けて 毎週のイベントをこなしながら 練習を重ねている。
12月の会場で 今度は どんな顔を見せてくれるのか・・・・
待ち遠しくてならない。
翌日 今村組は合宿したキャンプ場から 尾鷲で行われた熊野古道まつりの会場へ向かった。
まつりのスタッフでもあった 三重のチ-ム 凛のBBさんが チ-ムのHPに
まつりでの今村組のことを 書いた。
復活
祭りとは、明日につながってこそ、祭りである。
その場にいる人々の心に、生きる力が沸き上がってこそ、祭りである。
11月8日、「第1回熊野古道まつり」は、海と山と空に囲まれた尾鷲市魚市場会場を中心に、
澄み渡る秋空のもと開催された。
県内外から50チームの踊り手1300人、観客2万人が参加するなど、東紀州地域には
これまでにない規模で展開されたこの祭り。
参画いただいたスタッフ、ご支援いただいた地域の人々、来ていただいたチームや一人一人に、
「ありがとう」と感謝したい。
そんな中、僕は、一ファンとして、友人として、同志として、あるチームに
この場を借りて、お礼を言いたい。
祭り当日、15時30分、メインステージで司会を行う僕の隣にあるチームが待機していた。
ゲストチーム「関西京都今村組」である。その雰囲気は、いつもと明らかに違っていた。
出番を待つ1人1人の表情に感じられる真剣に張りつめた緊張感。
僕はその理由を知っている。だからこそ、言いたい一言を飲み込んだ。
開始直前に代表の今村さんが僕に語った「1回目が終わるまでは、笑えへん」
僕はその理由を知っている。だからこそ、言いたい一言を飲み込んだ。
そして、15時36分、今村さんが高々と拳をかかげ、叫んだ「今村組、行きます!」
華炎、スタート!新生今村組が、尾鷲の大地に発動した。
響く、響く、ひたむきに自分自身を探ろう、何かを取り戻そうという懸命な表情が、
尾鷲の観客の心に響きわたった。それにプッシュされてか、歓声と手拍子が一気に会場に響きわたる。
その手拍子に押されて、さらに今村組の演舞が尾鷲の大地に舞い上がる。
そう、僕は知っている。
このステージは、今村組にとって、ある意味命運をかけた挑戦であることを。
だからこそ、その挑戦が終わるまで、言いたい一言を飲み込んだ。
華炎終了。沸き上がる会場。
「本物や!」 ある観客が、思わず叫んだ「本物やで!」
言葉に出す必要はなかった。
僕は、拳を握りしめ、ず〜っと言いたかった言葉を、心の中で、つぶやいた。
「見ろよ!これが今村組だ!」
その後、パレード会場で今村組にわき返る人々。
そして2回目と3回目のステージ演舞に沸き上がる会場。
祭りとは、明日につながってこそ、祭りである。
その場にいる人々の心に、生きる力が沸き上がってこそ、祭りである。
踊りそのものが、見ている者の心に響く「祭り」となる踊り。
心の踊りの伝道師、今村組は、自分自身を取り戻し、尾鷲で復活の狼煙をあげた。
第1回熊野古道まつりに関わった多くの人々やチーム。僕は一人一人にお礼を言いたい。
そんな中、僕は、一ファンとして、友人として、同志として、あるチームに
この場を借りて、お礼を言いたい。
「ありがとう!関西京都今村組」
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